うつ病夫とアダルトチルドレン妻の日常

うつ病の夫をもつアダルトチルドレンの妻と子供&愛犬の日常を綴ったブログです。

子供には何か一つでも得意な事をみつけて欲しい【母の願い】

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私は中学校を卒業して札幌市内の5年制の学校に行きました。

 

巷で高専と言われる学校です。

 

中3の時に進路を決める時、高専が就職率100%だという事を知りました。

 

高専に行って早く就職して家を出て幸せな家庭を作りたいと思い、進路は高専に決めました。

 

私が行っていた高専は芸術系の学校で建築家、プログラマー、デザイナーなど特殊な技術を身につけたい人が15歳の早いうちから教育を受けられる学校でした。

 

友人はイラストレーター、陶芸家、グラフィックデザイナー、建築家になったり、家電や自動車メーカーに勤めています。

 

彼らは学生時代から夢や目標があり、キラキラした目をしていました。

 

目標があり勉強する人と、何かから逃げるために勉強する人とでは大きな差が出るのは当たり前です。

 

目標だった会社の試験や面接に力を注ぐ友人たちを横目に、私は学校に毎年求人を送ってくる道内の家具製造会社に就職する事を決めました。

 

簡単に入る事ができ、念願の一人暮らしも出来ました。

 

今思えばその会社に魅力を感じていたというよりかは、親から離れたところに住みたかったんだと思います。

 

就職してから札幌には何度か帰りましたが実家には寄り付きませんでした。

 

その頃自分が親を嫌いだと気づいていたわけではなく、親の事は考えたくないと思っていたに近いかもしれません。

 

とにかく自分の思い描く幸せな家庭を作りたかったのです。

 

学校の友達との会話はアート展の話、工芸作家やイラストレーターの話、建築家や美術館の話、アニメや映画の話、音楽の話などがほとんど。

 

芸術に興味があったわけじゃなく、就職率100%だから選んだ学校だったので実は話が合いませんでした。

 

唯一彼らと合わせられるのがファッションの話しでした。

 

アート好きな友人はみんなおしゃれに敏感でした。

 

私も影響されてどんどん洋服が好きになり、土日はバイト代を使い果たすくらい洋服を買いました。

 

流行を追いつつ古着を取り入れたファッション、コンサバファッション、モード系のファッションなどに興味をもち、毎日違うテイストの洋服で通学しました。

 

夢や希望がある友人とは違い、中身がない私は洋服という鎧を身にまとうしかありませんでした。

 

アクセサリーもたくさん買って、着飾れば着飾るほど本当の自分が分からなくなりました。

 

それでも5年間、自分を最大限良く見せる服装を選び、オシャレには手を抜かずに過ごしました。

 

その経験が今になって仕事に生きていると感じます。

 

辛くて虚しい時代の中にも絶対何かに役に立つ事があると思いました。

 

その当時は自分の得意分野はそれしかなかったからやっていただけなんですが。

 

娘は将来何になるのだろうか。

 

何でもいい、一つだけ自分の得意な事を見つけて突き進んでもらいたい。

 

最近はそれが見つからなくて悩んでいる子供も多いから、何か見つけてくれる事を祈るばかりです。